2008年9月30日火曜日

メナド ダイビングクルーズ: 総括/旅のデータ

華僑 in インドネシア

彼らは私を中国のお寺にも連れて行ってくれた。
お寺の中身は中国本土で見るものとさして変わりは無く特筆事項なし。
しかし、彼らは「中国人で無いからお寺に入れない」と言ったのにひっかかった。

インドネシアでは華僑は裕福な人が多く、収奪されていると考えて反感を買っていたりする。
1998年、私がはじめてインドネシアに行った時には特に排中ムードが高まっていて、マレーシアからスマトラ島に渡る船に乗る際にチケットもぎりの人に「向こうでは毎日中国人が殺されている。君は中国人にも見えるから行くのは危険だ。」と言われたことがあった。
最近は政府の広報活動もあって、排中運動は弱まったらしいが、華僑は警戒のためにお寺には中国人以外入ってはいけないことにしていたのかな、と思ったりした(もしかしたら、カトリック/イスラム の信者だから入らなかっ
たのかもしれない。ちなみに、メナドはキリスト教が多数派)。

そのことを尋ねてみると、「メナドではそういう確執はほとんどない。今はインドネシア生まれの2世以降がほとんどで、それなりに地域に溶け込んでいる」と言っていた。また「中国人はうちらより頭がいいからお金持ちになるんだ」と自虐的に付け加えたので、「彼らは商売のことをいつも考えているし、世界中にネットワークがあるから。例えば、さっき食べたおいしいフルーツ、あれが世界で出回っていないのを知って、じゃあ輸出させようって実際に動く/動けるのが華僑なんだと思う」と、フォローになるかも分からない知ったようなことを言ってみた。

<総括>
レンベに張り付きっぱなしだったため、サメ、カメ、バラクーダなどの大物の王道には全20ダイブ一度も会えず。大物好きの私はもうマクロダイブは3年くらいしなくてよい気分である。
実に残念であるが、「『メナドでしかできないダイビング』という意味ではレンベに潜ることができたのはよかったと思うよ。ブナケンのようなところは世界のほかの場所にもある」とローカルのガイドに言われた言葉はそのとおり。そう思って納得することにした。
日本人のゲストがいないことを嘆いていた船員に「今度、日本人をたくさんつれてきて通訳してくれたら大幅ディスカウントするよ」と言われてなびかなくもないが、もうレンベは十二分に満喫したのできっと戻るまい。

かくしてストイックなダイビング旅行は終わり。
帰りもジャカルタ一泊の長旅。ダイブコンピューターの飛行禁止令は搭乗待ちの時にようやく消えた。
しかし、振動の無い、南京虫のいないベッドに寝る幸せ!
今回は帰国後、前回のような減圧症?と思わせる変な感じもなく健康的に過ごした甲斐があった。

<旅のデータ>

持ち物:
<写真>
フィルム一眼レフ(Minolta Maxxum5 Velvia100 Minolta 24-105mm F3.5-4.5)
コンパクトデジカメ(Fuji F100Fd + メモリ2GB + マリンパック + 充電器)
コンセントプラグ+形状変換機(C型:実際は不要だった)、ミニ三脚、レンズクリーナー

<服>
タオル、服、帽子、サングラス
<海>
ビーチサンダル、水着 + ラッシュガード、ダイビングライセンスカード、ダイビング用品一式、腕時計(ダイブコンピュータ SUNTO MOSQUITO)、飴
<洗面 薬>
歯ブラシ、日焼け止め、シャンプー、髭剃り、リップクリーム
<便利>
暇つぶし本*3、ガイドブック*1、携帯マクラ、ノートPC(ThinkPad X61)
<貴重品>
現金200USD+α、クレジットカード(VISA)、HSBCバンクカード、パスポート、香港住民IDカード、証明写真*2、

持ってゆけばよかったもの
消毒薬、バンドエイド

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